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旭川地方裁判所 昭和49年(ワ)124号 判決

原告 大室庄三 ほか二名

被告 国 ほか一名

訴訟代理人 成田信子 福田悟 上嶋康夫 原義聖 ほか六名

主文

一  被告らは各自、原告大室庄三に対し金三五〇万七〇〇〇円、同大室孝志、同大室さゆりに対し各金三二五万七〇〇〇円、および右各金員につき、被告高島勇は昭和四九年四月三〇日から、被告国は同年五月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。ただし被告らにおいてそれぞれ各原告らに対し各金一〇〇万円の担保を供するときは、当該原告からの右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告らは各自、原告大室庄三に対し金四三八万一六二二円、同大、室孝志、同大室さゆりに対し各金四一〇万六六二二円、および右各金員につき、被告高島は昭和四九年四月三〇日から、被告国は同年五月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決ならびに仮執行宣言

二  被告らの請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決ならびに原告らの請求が認容される場合には仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

訴外亡大室和子(以下、亡和子という。)は、次の事故により死亡した。

(一) 発生時 昭和四八年一二月二一日午前八時五分ころ

(二) 発生場所 士別市大通西一丁目七一七番地の一七、高島理髪店前の一般国道四〇号線歩道上

(三) 事故の態様 亡和子と原告大室さゆり(以下、原告さゆりという。)が右歩道を通行中、事故発生場所である国道に接して、国道に平行して建てられた切妻造(棟が国道に平行している。)の木造長尺トタン葺平家建の店舗兼居宅(床面積四九・五八平方メートル、以下本件建物という。)の屋根から厚さ約八〇センチメートル、幅、長さ各六メートルの積雪が同人らの頭上に落下して来た。

(四) 結果 亡和子は前同日午前一一時二〇分ころ発見されたが、既に雪中で窒息死していた。なお、原告さゆりは無傷であつた。

2  責任原因

(一) 被告高島勇(以下、被告高島という。)は、本件建物を所有かつ占有している者であるが、本件建物の国道に面した屋根の上には全面にわたつて前記のような積雪があつたのであるから、右積雪が暖気などで落下し国道上を通行する人に危険を及ぼす虞れがあつたところ、本件建物の設置、保存には次のような瑕疵があつた。即ち、本件建物の屋根には雪止めの設備はあつたが長尺トタン葺のため雪が滑り易く雪止めに過度の力が加わり易いのに雪止めの保持が不十分であつたこと、屋根の雪を予め落しておかなかつたことや歩道に落雪を起すような屋根の構造自体にも瑕疵があつた。そして前記落雪がなかつたなら本件事故は発生しなかつた訳であるから被告高島には民法七一七条の責任がある。

(二) 被告国は、一般国道四〇号線を管理するものであり、積雪期にはその機関である旭川開発建設部士別出張所(以下、開発士別出張所という。)が事故現場付近など一帯の除雪を担当しているところ、その道路管理には次のような瑕疵があつた。即ち、

(イ) 本件事故現場のある歩道は本来三・三五メートルの幅があり、事故現場前から反対側歩道への横断歩道もついているところ、本件事故当時は、開発士別出張所が昭和四八年一二月一日から一四日まで合理化闘争でストライキを決行したうえ、同月二〇日ころまでに例年の二倍の積雪があつたため、事故現場付近の歩車道境に高さ二・三メートル(歩道上の人の通行できる所からの高さ一・六メートル)幅四・九メートルの雪堤ができてしまい、歩道上には幅五〇センチメートルの通路を余すのみになつてしまつた。そのため亡和子は本件建物の屋根からの落雪に対し避難しえない状態におかれ、また事故現場付近は商店街でバス停留所も近いのに雪堤で視界がきかないため事故に遭遇しても発見救出されることもできずに死亡したものである。被告国は道路を除雪するに当つては歩道については歩行者が緊急時に容易に避難し得るためにも要介護者の通行のためにも少くとも二人並進しうる歩道幅の確保が必要であり、横断歩道についてはその機能を確保するべきであるのに本件歩道を歩行者が落雪から避難することや期に発見救助されることの不可能な状態のまま放置したのであつて、被告国には右の点につき道路管理の瑕疵がある。なお、例年は開発士別出張所が小型ブルトーザで歩道も除排雪するので雪堤も一メートル以内で交通は確保されていた。

(ロ) そうでなくても、降雪量の多い地方においては、沿道の家屋の屋根の構造によれば積雪が歩道上に落下したり屋根の雪下ろしで歩道が埋没したりして歩行者の通行が困難になる場合があり、沿道家屋の屋根からの落雪の虞れは道路上への落石や土砂の崩壊の危険と同じであつて道路と密接な関係があるから、道路管理者は交通の安全のため通行の障害になる虞れのある物についても道路と同様事実上管理すべきである。そうであれば、被告国には屋根の積雪を管理する権能があつたのだから、本件建物の屋根の積雪を危険なまま放置していたことは道路の管理上の瑕疵になる。

(三) 仮りに沿道の家屋の屋根の積雪に管理権能がないとしても、道路と屋根の積雪には前記(二)、(ロ)のとおり密接な関係があるから、歩道上を通行する者の身体に危険が及ぶと予想される場合には、被告国は沿道の家屋などの所有者にアーケード、ひさしなどの設置を促したり、雪下ろしをさせたり、必要に応じては通行止めをしたり実情に即して積極的に行政指導をして危険を防止すべきであつたのにそれを怠つたため本件事故が生じたもので、民法七〇九条の責任がある。

3  損害

(一) 亡和子の損害

(1) 逸失利益 金六一九万九八八〇円

(収益)年額金八〇万円

亡和子は、当時三九歳の健全な女子で家事に従事するかたわら生命保険の外交員をして収入を得ていたものであつて、亡和子の収益は賃金センサスによる女子労働者の平均賃金に右外交員などを継続することによつて得られる賃金を加算した金額であり、その額は少くも年額金八〇万円である。

(控除すべき生活費)五〇パーセント

(純収益)年額金四〇万円

(平均余命)三八・八年

(稼働可能年数)二四年(満六三歳まで稼働〕

(年五分の割合による中間利息の控除)ホフマン複式(年別)係数による。

(算式)400,000円×15.4997 ≒ 6,199,880円

(2) 慰謝料 金五〇〇万円

亡和子は雪の中で子である原告さゆりを庇い窒息死したもので、このことに対する精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当であろ。なお、仮りに亡和子の慰謝料が相続の対象とならないとすれば原告らの精神的損害として右同額を各三分の一ずつ請求する。

(二) 原告らの損害

(1) 葬儀費用 金二五万円(原告大室庄三の分)

原告大室庄三(以下、原告庄三という。)は亡和子の葬儀料として金三〇万円を支払つたが、内金五万円は被告高島が支払つたのでその残金である。

(算式)400,000円×154,997 ≒ 6,199,880円

(2) 弁護士費用 原告庄三 金三九万八三二九円

同大室孝志(以下、原告孝志という。)、同さゆり 各金三七万三三二九円

原告らは弁護士竹原五郎三に本訴の提起と追行を委任し、その手数料、報酬として各自がその弁護士費用を除いた請求額の一割に当る右金額を支払うことを約した。

(三) 相続

原告庄三は亡和子の夫、同孝志、同さゆりはその子であるところ、原告らは亡和子の損害賠償請求権を各三分の一(金三七三万三二九三円)ずつ相続した。そうすると原告らの損害は、原告庄三金四三八万一六二二円、同孝志、同さゆり各金四一〇万六六二二円となる。

5  結論

よつて、原告らは被告らに対し、原告庄三には各自金四三八万一六二二円、同孝志、同さゆりには各自金四一〇万六六二二円と右各金員に対する被告高島は亡和子死亡以後の日である昭和四九年四月三〇日から、被告国は亡和子死亡以後の日である同年五月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員をそれぞれ支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1につき

(一) 被告高島

同1のうち(三)の本件建物の屋根上に厚さ八〇センチメートル、幅、長さ各六メートルの積雪があつたとの点は否認、その余は認

める。

(二) 被告国

同1のうち、(一)の発生日、(二)、(三)のうち落雪の量を除く部分、および(四)の亡和子の死亡とその日付は認め、その余は不知。

2  請求原因2につき

(一) 被告高島

同2、(一)のうち、被告高島が本件建物を所有かつ占有していること、本件建物が国道に平行に棟のある構造であること、および本件建物の屋根には雪止めが設置してあつたことは認め、その余は否認。

本件建物は一般の民家であつて高度の危険性を有する工作物ではなく、それほど高度の安全確保義務を課せられているものではないから、その地方において通常用いられている雪止めを設置しておればそれで十分であつて瑕疵とは言えない。しかも、本件建物の雪止めは直径三寸(九センチメートル)の丸太を二本並列に屋根のほぼ中央部に棟から各二本ずつの八番線の針金でつり下げ固定したものであつて、昭和四七年一〇月ころ、専門業者によつて設置され、同四八年一〇月には屋根を葺く替えた板金業者によつても安全性を再確認されて設置し直されたものであるから瑕疵はない。(なお、札幌高判昭和三五年一一月一一日、判例時報二四四号五二頁)。さらに、雪下ろしをしていない点は工作物の瑕疵とは無関係であるし、その主張が仮りに民法七〇九条の主張としても被告高島は雪止めより下の部分の雪下ろしは人に頼んでやつており注意義務は果しているし、それ以上の行為は被告高島自身は脚気のためその作業を行なえないことも考慮すると不能を強いるものである。また、屋根の構造については、同構造の家屋が一般的であり、本件建物だけを取りあげるのは不当であるし、その改築には多大の費用がかかり被告高島にとつては不可能であり、事故防止のため危険区域に入らせぬようにする権限も持たないから一私人にその防止は不可能である。なお、仮りに瑕疵があつたとしても、亡和子の死因は窒息死であつて落雪そのものによるのではなく、雪堤があつたためそれによつて避難や早期的救助ができなかつたことに起因するもので、被告高島には責任はない。

(二) 被告国

同2、(二)のうち、被告国が一般国道四〇号線を管理し、開発士別出張所がその除排雪に当つていること、被告高島方前路上に雪堤のあつたこと、被告高島方付近は商店街でバス停留所が近くにあること、および開発士別出張所で昭和四八年一二月一日から一四日まで超過勤務拒否闘争が行なわれたことは認め、亡和子が雪堤のため避難できず、また雪堤のため同人を早期に救助できなかつたことは不知、道路管理上の理疵があつたことは否認する。

当時、事故現場付近の積雪状況は、歩道幅三・四メートルのうち、歩道側一・五一メートル(車道側二・四九メートル)に雪堤が一・七メートルの高さに堆積していたものの、歩道上には歩行可能な幅一・八九メートルの通路が確保されていた。被告国は、冬期間における道路交通の確保のため関係法令にのつとつて恒常的な除排雪作業(新雪除雪、路面整正、拡幅除雪、および運搬除雪)を行つている。特に積雪・寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法に基づいて、昭和四八年六月二九日、積雪寒冷特別地域道路確保五箇年計画の閣議決定をみ、昭和四八年から総額二二六六億円をかけ右地域における除雪防雪、凍雪害防止事業などを行つており、北海道開発局もその実施を担当している。本件事故当時、開発士別出張所は、昭和四八年一〇月上部機関と協議のうえ同年度の除雪計画を策定し、一一月一九日からは車道拡幅を中心に除雪を開始したし、同年は例年にない早期多雪型の気象で一二月一四日から一六日に六五センチメートルの積雪をみたのでこれにも対処すべく同月一七日には例年になく積雪の運搬除雪早期実施の計画にも着手し、同月二一日から本格的な運搬除雪に入ることになつて傭車契約も同月二〇日に締結していたが都合で同月二二日から実施し同月二七日までに六一八〇立方メートルの除雪を行つた。また、歩道、横断歩道、工作物などの除雪については、北海道開発局長通達によつて、橋梁や道路に面した家屋の少ない地域の歩道などで特に必要な箇所を行う他は、車道排雪の際、地域住民の協力で歩道の積雪を車道に押し出してもらつて一諸に運搬除雪する方法で行い、昭和四八年も、一一月二九日から一二月二〇日まで延七九人の職員を動員して除雪を行つた。

なお、沿道の家屋の屋根は、いかなる意味でも道路法にいう道路には含まれず、道路管理者の管理権能の範囲外に属するので、その屋根から積雪などの危険物が落下して通行人に危害を及ぼしても管理者たる被告国には責任がない。仮りに沿道の家屋の屋根の積雪に対しても管理責任があるとしても、歩道通行人を右落雪から保護するには、道路の具体的状況にもよるが歩道上にアーケード、庇などを設置せねばならず、そうなれば必要地域も広大で莫大な費用がかかり到底合理的権衡を失する不可能なことである。そこで、可能な方法としては沿道の家屋に落雪防止の措置を施すよう協力を求めるか、歩行者の注意をうながすしかなく、被告国が歩行者のため有効な落雪防止施設を設置していなくても通常道路の具有する完全性を欠いていたとは言えない。

仮りに管理に瑕疵があつたとしても、本件事故は雪堤がなくても屋根からの落雪だけで生じうるものであるから、雪堤があつたという管理の瑕疵と事故との間には相当因果関係がない。

同2、(三)は否認する。

3  請求原因3につき

(一) 被告高島

同3、(二)、(1)(葬儀費用)のうち、被告高島が金五万円を支払つたこと、同3、(三)(相続)のうち、原告らと亡和子の身分関係は認め、その余は不知。

(二) 被告国

同3、(一)、(1)(逸失利益)のうち、亡和子の死亡時の年齢、平均余命、稼働可能年数、中間利息の控除の各点、同3、(二)、(2)(弁護士費用)のうち、弁護士に委任した点、および同3、(三)(相続)のうち、原告らと亡和子の身分関係は認め、同3、(一)、(2)(慰謝料)、同3、(二)、(1)(葬儀費用)・および同3、(二)、(2)(弁護士費用)のうち、弁護士費用の約定は不知、その余の点は否認する。

4  請求原因4(結論)について

被告ら 争う。

三  被告高島の抗弁

1  不可抗力

本件事故は異常降雪と異常暖気による天災に類するものであつて、人為を尽くしても避けることのできないものであるから、不可抗力によるもので、被告高島には責任がない。なお市民法的な対等当事者を予定する民事責任においてかかる場合まで一私人の責任を認めるのは極めて過酷であるし、責任の認められる範囲も著しく拡大され(例えば、山岳における雪崩、落石事故、屋根に付着する砂じんが風で飛んで生ずる失明、洗濯物の汚染事故)、不明確さも増すので正当な法解釈とはいえない。

2  過失相殺

亡和子は積雪地域の住民であるから、暖気による屋根からの落雪には十分注意し、予め軒先を歩行しないとか落雪に対してはす早く避難すべきであつたのにそれを怠つて本件事故にあつた訳であるから、その過失は損害額の算定において十分考慮さるべきである。

四  抗弁に対する原店らの認否

抗弁1、2は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(事故の発生)のうち、(一)(但し、被告国との関係では、発生時刻については〈証拠省略〉によりこれを認める。)、

(二)、(三)のうち落雪の量を除いた部分、および(四)(但し、被告国との関係では、発見時刻と死因については〈証拠省略〉によりこれを認める。)は当事者間に争いがない。

そこで、右落雪の量、および請求原因2の被告らの責任についての判断の前提として必要な本件事故現場の状態、同事故の態様について検討する。本件事故現場が士別市内の一般国道四〇号線(歩車道の区分あり。)の歩道上であること、本件建物は右国道に接してこれと平行に建てられた切妻造で、その屋根の上に雪止めがあつたことは当事者間に争いがない。〈証拠省略〉によれば、右国道は無積雪期において車道幅片側六・五メートル、歩道幅三・四メートルの舗装道路(なお他に本件建物の外壁と歩道舗装部分との間に七〇センチメートルの道路敷地がある)であつて、付近は市街地域で人車の往来は昼夜をとわずかなり頻繁な道路であること、本件建物は中二階造りで棟の長さ六・五一メートル、棟から道路側軒先まで五・七メートル、棟から地表まで六・二五メートル、軒から地表まで三・五メートルの切妻型(屋根の勾配は二八度位)の家屋で、その屋根には傾斜に添つて幅三三センチメートルの長尺鉄板が張られ、また昭和四七年ころに設置した雪止め(二本の直径八センチメートル、長さ二・七メートル位の丸太を直径三ミリメートルの鉄線二本で屋根の両側に振り分け、棟でいわゆる五寸釘で固定したもの)二組が棟と平行に棟から四・六メートル位のところに設置してあつたこと、本件建物の軒先の庇が三八センチメートル歩道上に張出していること、が認められる。次に本件事故当時の士別市の積雪量については、〈証拠省略〉によると、昭和四八年は例年にない早期多雪型の気象で一二月中に多くの積雪量を記録したことが認められ、さらに、〈証拠省略〉によれば、本件事故当時本件建物前付近の歩道には本件建物寄りに歩道面から五〇センチメートル位の踏み固められた積雪があるものの、被告高島方の除雪によつて幅約二メートルの歩行路が確保されてはいたが、車道側には高さ約二メートル弱、幅約四・八メートルの雪堤ができていて、本件建物入口前付近に横断歩道用に幅約一メートルの掘り割りがある他付近での車道側への通行は困難であつたこと、被告高島は身体が悪く作業ができないので人に頼んで本件事故前の昭和四八年一二月一八日に本件建物の屋根の雪止めから下の部分の雪下ろしをしたが、雪止めの上部はそのまま残されていたため雪止め付近で約一メートル、上の方に行くに従つて少く棟から一メートル下の部分で約五〇センチメートルの積雪があつたこと、および本件建物付近にも棟を国道と平行に建築した家屋が多く、雪下ろしもされていない状態のまま放置されていたことが認められる。さらに、本件事故の態様については、〈証拠省略〉によると、雪止めの丸太を支えていた道路側の鉄線のうち三本が切れ、屋根の積雪が右丸太もろとも数秒のうちに三回にわたつて轟音をたてて落下し、亡和子は本件建物前を北から南へ歩行中横断歩道用の掘り割りの約二・七メートル手前の雪堤付近で右落雪に見舞われ、同所で死亡したことが認められる。

二  請求原因2(責任原因)について検討する。

1  被告高島の責任について判断する。

被告高島が落雪事故を起した本件建物を所有占有していることは当事者間に争いがない。豪雪地帯においては建物の屋根の積雪が落下して他人に損害を与える危険のあることは周知されているところ、前記認定の各事実によれば、本件建物に設置されていた雪止めは、最大約一メートルの積雪があつたためこれを支えていた鉄線が切れてしまつたものであるが、右積雪量は北海道においては異常な積雪量でもない(〈証拠省略〉によると当地方には昭和四四年一二月二〇日ころにも本件事故当時に匹敵する積雪のあつたことが認められる。)のであるから積雪の多いときにはあらかじめ雪下ろしをして雪止めの負担を軽くし落雪しない状態にしておくか、雪止めを積雪の負担に耐え得るものにして建物を保存しなければならないところ、本件では積雪のため丸太を支える鉄線が切れたもので右雪止め設備を含め本件建物には通常有すべき落雪による危険を防止する機能を有しなかつたものというべきであるから、結局本件建物の保存に瑕疵があつたと言わざるをえない。なお付近の家屋も屋根の積雪が本件建物と同様の状態であつたにしてもそのような事情が被告高島の責任を免れしめるものではない。また被告高島は本件事故は不可抗力によるものであると主張する(抗弁1)がこれを認めるに足る証拠はない。

そして、亡和子の死因が窒息死であることは当事者間に争いのないところ、前記認定事実によると、右落雪と亡和子の埋没による死亡との間には、落雪の他に後記のような被告国の道路管理上の瑕疵も競合しているが、亡和子の死亡に対する因果関係があると言うべきである。そうであれば、被告高島には民法七一七条により亡和子が死亡したことによつて生じた損害を賠償する責任が

ある。

2  次に被告国の責任について判断する。

本件事故現場のある道路は一般国道四〇号線として被告国(その機関としての北海道知事)が管理する被告国の営造物であり、積雪期には被告国の機関たる旭川開発建設部士別出張所が道路交通確保のため除排雪作業を行つてることは当事者間に争いがない。そこで、積雪期における右国道の管理について判断するに、〈証拠省略〉によれば、開発士別出張所では、例年通り昭和四八年一〇月下旬ころ、上部機関である旭川開発建設部と協議して同年度の除雪実施計画を策定し、それに基づいて機材などを調達して国道などの除雪に当つていること、除雪は車道を重点として行なわれ、その方法は車道については、除雪車によつて道路の積雪を路肩部へ押し退け、それにより路肩部にできる雪堤が大きくなり車輌の安全な通行に必要な道路の幅が確保できなくなると、適宜、運搬排雪作業をするようにし、歩道については、道路に面した家屋が軒を連ねている地域は第一次的に地域住民に委ね、また必要に応じて地域住民に車道側へ排雪してもらい車道の積雪と一緒に運搬排雪に当り、ただ雪が踏み固められて車道への掛雪が困難な場合には開発士別出張所の小型ブルトーザで車道への排雪をするようにして行い、その際、沿道の家屋の屋根からの落雪を予測して特別な措置をとつていないのみか、そのことについて全く配慮していない(本件建物の屋根に被告高島の設置した形式の雪止めでは一般的に落雪の危険を防止し得るものとはいえない。)こと、昭和四八年一二月は早期多雪型の気象で市内の積雪量もいち早く増加したので、開発士別出張所は同月一〇日から路面整正、道路拡幅作業が開始し、車道については本件事故当時まで事故現場付近を作業区域に含むものだけでも同月一一日から二〇日までに延一一台の車輌が除雪や路面整備(除雪に当つたもの四台)に当り、横断歩道の掘り割りや橋梁などの除雪も数回行なつたが、歩道除雪については事故現場付近は一度も行なわれなかつたことが認められる。

右認定の各事実によれば、被告国は歩車道の区別のある道路において車道の除排雪については物資、人員の輸送に必要なため相当の努力を傾けてはいるが、歩道の除排雪についてはほとんどその実施をしないばかりか、人の通行もかなり頻繁な市街地域において、車道の積雪を車道両側に押し退けて歩道との境に大きな雪堤を作つて歩道を家屋寄りに狭くしたまま他に何らの措置も取ることなく歩行者が屋根からの落雪の危険のある軒下側を通行せざるを得ない状態をかもし出していたこと、本件事故現場付近の国道の除排雪についても被告国は沿道家屋の屋根等からの落雪により道路の交通に危険を及ぼすと認められる場合はその家屋の所有者に雪下ろしを求めたり、具体的状況により危険個所の道路部分を完全に除雪したり、あるいは歩道上の歩行できる部分を落雪の危険のある建物の軒下から離して車道寄りに設けたり等して歩行者の通行の安全をはかる措置をとり得るのに歩行者の安全を全く顧慮することなく、歩車道の間に高さ約二メートル、幅約四・八メートルの雪堤を作り、落雪の危険のある本件建物の軒下近くの幅約二メートルの部分を通行路とし、亡和子もその部分を通行するよりほかなかつたことが認められるので、被告国の本件事故現場付近の国道の管理は歩行者のために国道の通常具えるべき安全性を欠いていたものというべく、右国道の管理に瑕疵があつたものというべきである(なお道路法四四条参照)。

また前記認定のとおり、亡和子は落雪の危険のある軒に近い所を歩行せざるを得なかつたところ、頭上から落雪にあい、雪堤が落雪の拡散を防げたことと相侯つて亡和子が雪に埋まつて窒息死したことが認められるから右道路管理の瑕疵と亡和子の死亡の間に因果関係のあることが明らかである。

そうすると被告国には国家賠償法二条一項により亡和子が死亡したことによつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  請求原因3(損害)について判断する。

1  亡和子の逸失利益について

〈証拠省略〉によれば、亡和子はトヨタ家庭用品の外交員として稼働し、ほぼ月額金四万五〇〇〇円の収入を得ていたことが認められるところ、亡和子がどのような形態で右トヨタ家庭用品に勤めていたかにつき立証がないので、原告らの主張するように賃金センサスによる女子労働者の平均賃金を右外交員としての収入に加算するのが相当でないから、右外交員としての収入額によつて亡和子の収入を算定する。そうすると亡和子は年額五四万円の収益があつたと認められ、生活費の控除については右収益額、亡和子の死亡時三九才であつたこと(被告国との関係では争いがなく、被告高島との関係では〈証拠省略〉で認める。)などを考慮して四割を控除するのが相当である。稼働可能年数については亡和子の死亡時の年齢などを考慮して二四年間とするのが相当である(被告国との関係では当事者間に争いがない。)。そこで年五分の中間利息の控除についてホフマン複式(年別)係数を用いて算定すると、亡和子の逸失利益は金五〇二万一〇〇〇円(一〇〇〇円未満切り捨て)となる。

(算式 540,000円×(6/10)×15.4997 ≒ 5,021,000円)

2  亡和子の慰謝料について

前記認定の事故の態様、亡和子の年齢、家族構成などを考慮すると、亡和子の死亡による精神的苦痛を慰謝するには金四〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用について

〈証拠省略〉によれば、原告庄三は亡和子の葬儀費用として金三〇万円を出捐したことおよび亡和子の家族構成、生活程度からみて葬儀費用として右程度の支出が必要であることが認められるところ、うち五万円は被告高島から支払われたことは原告らの自認するところであるから右額を控除し、金二五万円が本件事故による損害と言うべきである。

4  弁護士費用について

原告らが弁護士に委任したことは、被告高島との関係では〈証拠省略〉により認められ、被告国との関係では当事者間に争いがない。その費用としては訴訟の難易、認容額などを考慮して原告ら各二五万円が相当である。

5  原告らの損害賠償請求権の額について

原告らと亡和子との身分関係は当事者間に争いがない。そうす

ると原告らは亡和子の損害賠償請求権の三分の一ずつである各金三〇〇万七〇〇〇円をそれぞれ相続したことになる。そうすると被告ら各自に対する損害賠償請求権の額は原告庄三が金三五〇万七000円(3,007,000円+250,000円+250,000円)、原告孝志、同さゆりが各金三二五万七〇〇〇円(3,007,000円+250,000円)となる。

四  抗弁2(過失相殺)について判断する。

前記認定の事実によれば、被告高島方の本件建物の軒は三・五メートルあつて、屋根の積雪は雪止めより下部は雪下ろししていたことでもあるから、仮りに亡和子が上を見ても落雪の危険を発見しえたかは疑問であるし、本来前記認定の状況のもとで歩行者が積雪のある狭い歩道を歩行中上を見て歩くまでの注意が必要であるとも考え難く、また、雪は瞬時にして落下しており、避難するいとまがなかつたと認められるので右抗弁は理由がない。

五  以上のとおりであるから、原告らの請求のうち、被告ら各自に対し、原告庄三は金三五〇万七〇〇〇円、同孝志、同さゆりは各金三二五万七〇〇〇円、および右各金員につき被告高島に対しては昭和四九年四月三〇日から、被告国に対しては同年五月一日から各完済に至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払いをそれぞれ求める部分は理由があるからこれを認容することとし、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行およびその免脱宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷喜仁 竹江禎子 有吉一郎)

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